心臓の病気と頻拍のスピリチュアルな意味

心臓の病気のスピリチュアルな意味と、頻拍がある時のスピリチュアルな意味をそれぞれ解説します。

心臓の病気のスピリチュアルな意味

心臓に問題がある場合は、「愛を誤解している」というスピリチュアルな意味があります。

「愛」とは、リンゴのように目で見たり触ったりすることができないものであり、それなのに、誰もが存在していることを知っているものですね。

その為、私たちの誰もが「愛」をきちんと理解しているようで、愛し方を勘違いしてしまっていることが多々あります。

あなたがもし心臓にトラブルを抱えているのだとすれば、それは、あなたが、愛に関する大事なことを、忘れてしまっている可能性があるのです。

心臓にトラブルを抱えているあなたが思い出すべきことは、「人を愛する為には、まず自分を愛する必要がある」ということです。

人や周りを強く愛せる心があるあなたは、あなた自身をまず愛する必要があるのです。

なぜなら、あなたがあなた自身の全てを愛することができて初めて、あなたは周りを愛することができるからです。

あなたを犠牲にすることで周りが救われる訳ではないのです。

あなたが幸せに満たされて初めて、周りも救われていくのです。

これが、正しい愛の働き方であり、これが本当の愛し方なのです。

あなたが今愛することができていないのは、「感情的になる自分」の部分です。

つまり、あなたが感情的になることを、あなたは受け入れることができていないのです。

私たちは今、人間として生きています。

人間として生きている限り、感情的になるのは、当たり前のことです。

悲しいことを悲しいと感じること、苦しいこと辛いことを「嫌だなぁ」と感じること、また、腹の立つものに怒る気持ちなどを、たくさん感じようとしてみる必要があります。

例えば、あなたは、「人に対して怒るということは、感情をコントロールできない未熟さではないか」などと考えるかもしれません。

確かに、感情をコントロールすることは自立した大人として大事なことかもしれませんが、「感情を感じないようにする」こととは異なります。

沸き起こった感情を感じないようにするということは、「感情を感じるという機能」を持つ「人間」を否定することと同じです。

つまり、私たちは、ポジティブな感情も、ネガティブな感情も、全て感じることが大切であり、それらの感情をどのように着地させるかは、感情を感じてから考えればいいのです。

心臓に問題があるあなたは、何か、嫌な感情を感じないようにしていることで、あなたという人間としての機能を愛することができていないのでしょう。

その為、物ごとを解決する為に、物凄く思考を巡らせることになってしまっているのでしょう。

あなたはもしかすると、とても真面目な方なのではないでしょうか?

そして、軸の強さや、辛いことに耐える強さがあるのだと思います。

その強さゆえ、いつの頃からか、あなたの心の弱さを認めることができなくなってしまっているようです。

ここで言う心の弱さとは、物ごとを悲しんだり、哀れんだりする感情的な機能のことです。

あなたが幼い頃に、立てた「誓い」を覚えているでしょうか?

あなたが幼い頃に、感情的になることを避ける為に立てた誓いです。

例えば、親に関することで悲しい思いや辛い体験をし、「親を守れるくらい強くなってやる」とか、「辛いことを目にすることがないように、自分が頑張って社会を変えてやる」などといった、「愛する何か(誰か)の為に、自分はこうなる」といった類の誓いです。

誓いというと、あなたは大げさに感じるかもしれませんが、あなたが心臓に問題を抱えているのだとすれば、何か、幼い頃に「決めた」何かがあるはずです。

それらはあなたの「他を愛する心」から来ています。

そして、あなたはとても真面目な性格である為に、それらを実現しようと、忠実に生きてきたのではないでしょうか?

あなたはもう、それらの「誓い」を覚えてはいない可能性もありますが、あなたはそれを根本から忘れることもなかったようです。

その為、試行錯誤して、何をどうするべきか、何事も一生懸命考えながら生きてきたのではないでしょうか?

あなたは、もう楽をしていいのですよ。

頑張って何かを成そうと気を引き締めるのではなく、あなた自身を心から愛して、力を抜いて、水面に浮かぶように、リラックスして生きていいのです。

そうして、あなた自身を愛して、リラックスできるようになると、あなたから愛が自然と溢れるようになり、周りの人は自然と、あなたに癒されていきますから。

つまり、頑張らなくても、物ごとを成すことができるようになります。

だから、どうか、溢れ出る感情を感じる時間を作ってあげて下さい。

例え泣くことになったとしても、損はありませんから。

心臓の頻拍のスピリチュアルな意味


突然脈拍数が上がり、しばらく続いた後止まるという心臓の頻拍がある場合は、「身を委ねることができないでいる」というスピリチュアルな意味があります。

自立心が高いと言えるでしょう。

頻拍があるあなたは、何でも自分1人で頑張らなくてはいけないという思い込みがあるようです。

確かに、あなたはたくさんの能力を発揮することができます。

そして、あなたの心の清さも素晴らしい。

あなたはとても責任感が強いのではないでしょうか?

全て1人で出来る限りやって、自分が関わる全ての責任はあなたにあると感じて生きてきませんでしたか?

ただ、1つあなたが思い出すべきは、「あなたは生かされている」ということです。

頻拍があるあなたは、あなた自身を支える強さがあるようですが、あなたはあなたの命を創り出してはいないことを思い出す必要があります。

あなたがこの世に生まれてくる時、「よし、人間として生まれる自分の命を作ろう!」と思って命を自ら創ったという経験はなかったはずです。

では、誰があなたに命を与えたのでしょうか?

あなたが神を信じているのならば、「神があなたに命を与えた」と言えるでしょうし、あなたが宇宙意識を信じるのであれば、「宇宙があなたに命を与えた」と表現することができるでしょう。

いずれにしても、あなたは、人間として生きる為の命を、何者かに与えられているのです。

頻拍があるあなたは、これらの「命の創造主」を信頼することができていないようです。

それらを感じることができていないからでしょう。

その為、命の創造主に動かされているあなたの心臓を、「自分でしっかり動かさなくては」と無意識に動かしてしまうのです。

ですが、私たちのほとんどは、心臓を自分の意思で動かす必要はありません。

神のような存在が、寝ている時も、具合が悪い時も、人生を楽しむことに夢中になっている時も、いつも途絶えることなく、私たちの心臓を動かしてくれているではありませんか。

だから、頻拍があるあなたは、それらの、私たちに命を与えてくれているものを信頼する必要があります。

それらの存在は、私たちにできないことができるのですから、あなたにできないことがあると感じる時は、素直に頼んでみましょう。

あなたが、心からそれらを信じることができていれば、必ず、断言しますが、必ず、あなたに必要な助けが手に入ります。

私たちが「私たちに命を与えるもの」と繋がっている限り、この世に不可能なことはありません。

この世に不可能なことがあるとしたら、それは、あなたが「命を与えるもの」を信じることができず、さらに、あなた自身の可能性をも信じることができていない時だけです。

あなたは、あなたに出来ることだけをし、できない事は全て「命を与えるもの」に頼っていいのです。

つまり、あなたは自分がしたいと思う事だけをして、幸せになれれば、それが最高なことなのです。

あなた自身を幸せにする生き方をして下さい。

そして、あなたは1人ではないことを、どうか思い出してください。

あなたの心臓を自分で動かすことができるほどの能力があるあなたは、これからどんな願いを叶えていくのでしょう?

想像するとワクワクしますね。

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