体の9か所をそれぞれ捻挫する時のスピリチュアルな意味

体の9か所をそれぞれ捻挫する時のスピリチュアルな意味

捻挫をする時は、「今していることをやめるべきです」というスピリチュアルなメッセージが込められています。右足や左足の足首を捻挫する場合、手首を捻挫する場合、手の指を捻挫する場合、または肘や膝を捻挫する場合のそれぞれのスピリチュアルな意味を解説します。
 
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足首を捻挫する場合のスピリチュアルな意味

足首を捻挫した場合は、自分が行きたくない方向へ強制的に向かわされているということです。
 
例えば、サッカーを楽しむことを目的で始めたのに、チームに入ってみたら、辛い練習ばかりでなかなかゲームができないなど、「こんなはずじゃなかったんだけど」というような思いを抱えているかもしれません。
 
もしくは、本当は今日は家でゆっくり休みたいと思っているのに、恋人の願いを叶える為に、どこかへ出かけなくてはいけないなど、自分の思いを無視して「どこかへいかなければならない」と感じている時などに捻挫します。
 
そして、自分の考えややり方に頑固さが現れている時でもあると言えます。
 
右足首を捻挫する場合は、自分のいる環境や、自分が行こうとしている先に対して不満があるようです。自分はその場所に居場所がないと思っているかもしれませんし、居心地の悪さを感じているかもしれません。
 
左足首を捻挫する場合は、自分のやり方や生き方に不満を感じているようです。自分自身が本当はどうすることを望んでいるのかを、今一度再確認する必要がありそうです。

手首を捻挫する時のスピリチュアルな意味

手首を捻挫する時は、やりたくないことをやらされているということです。
 
例えば、本当は休みたいけど、終えなければいけない書類の処理が山積みな為に、やらないわけにはいかないと無理をしていることが挙げられるでしょう。
 
他にも、「料理しないといけない」「掃除しないといけない」「テニスの練習をしなければいけない」など、本当はしたくないと思っていることを、思いに反してしているようです。
 
少しくらいなら、やりたくないことをやっても、捻挫するほど苦にはならないのですが、自分の限界を超えると、「もうやめておきなさい」というスピリチュアルなメッセージとして、捻挫を起こすのです。
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手の指を捻挫する時のスピリチュアルな意味

親指を捻挫する場合は、自分が進みたくない方向に、無理に自分を押し進めようとしているということです。
 
例えば、自分が本当には興味がない物事を、周りの期待に応える為に、自分に無理強いしていることが挙げられます。自分の心の願いに反して、誰かの為に自分に何かを強請しているのです。
 
人差し指を捻挫する場合は、周りの人に嫌な態度をとっている可能性があります。本当は心の優しいあなたは、人にも優しく接したいと思っているのですが、自分に課せられた目標や目的を達成することを優先するあまり、横暴な態度になってしまっているようです。
 
中指を捻挫する場合は、自分の能力の使い方に納得がいっていないようです。自分には優れた個性的な才能と何らかの能力があるのですが、それらを正しく使いこなせておらず、本当は望まない形で発揮しているようです。
 
薬指を捻挫する人は、恋愛において無理をしているということが言えます。
 
運命の相手ではないと、心の奥では気付いているのに、その人を失うことが恐くて関係を続けているような状況なのかもしれません。
 
小指を捻挫する場合は、自分の直感やアイディアを、勘違いして理解しているようです。受け取ったひらめきなどをそのまま素直に理解することができず、頭であれこれ考え、自分が有利になるようにそれらのひらめきを使おうとしているのかもしれません。

肘(ひじ)を捻挫する時のスピリチュアルな意味

肘を捻挫する場合のスピリチュアルな意味は、自由が奪われているということです。
 
自分がしたいと思うことをできず、自分が欲しいと思うものを受け取れずにいるようです。
 
周りにいる誰かや環境のせいで、自由にすることができていない場合と、自分で自分の欲求を抑制している為に自由にできていない可能性とがあります。
 
自由を取り戻す為の手段は一つしかないと思い込み、他の方法を考えることができないでいるようです。

膝(ひざ)を捻挫する時のスピリチュアルな意味

膝を捻挫する時は、将来や未来に対して、自由な想像ができていないということです。
 
つまり、自分が思うような未来を迎えることが本当はできるのに、「自分は将来こうなるだろう」「未来はこうにしかならない」などと、自分の希望通りにならない未来を悲観しているようです。
 
その為に、人生を力強く進むことができないでいるのです。
 
自分のやっていることや、進んでいる方向性に自信が持てていないからです。
 
その為に、自分の正直な思いに反して、「常識」に従って物事を決めたり、周りの人の言うことに従っていたりと、自分が本来望まない方向に物事を向かわせてしまっているのでしょう。
 
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